やるべきことがある喜び

私は自分の夢を叶えるために、人一倍長い長い学生生活を送っていました。留学をして、大学院まで修了して、それからやっと仕事を始めました。

長い学生生活の中で、自由な時間を持て余してしまうのにうんざりしていました。学生に与えられているやるべきことの量は限られています。

特に私の学科の場合、一日に出来ることはほんのわずかです。残る膨大な時間をいかに有効に使うかが、毎日の難解な課題でした。学生を続けながらどんどん歳をとっていく現実に、誕生日が来るたびに打ちのめされそうになっていました。

友人と誕生日を祝うのも辛くて仕方ありませんでした。

就職活動中も自己否定と自己肯定の狭間でグラグラ揺れながら、自分の存在意義を誰かに確かめてほしくて、苦しい思いをしました。自分の能力と将来性には絶対の自信があったのに、落とされるたびにどんどんその自信も揺らいでいきました。

就職をして、毎朝決まった時間に起きなければいけない不自由が、私にはとても嬉しいことでした。夜寝る前に目覚ましをセットするたびに、「明日も私は必要とされて出勤する」という歓喜の思いを噛みしめて就寝しました。

勤務中も、自分は必要とされてここにいるんだと思うと、とにかく嬉しくて楽しくて、残業になろうとも休憩時間を端折られようとも、愚痴る同僚をわき目に私は嬉々として仕事に取り組みました。ダレた同僚の姿を見ると、自分と同じように辛い就職活動を行っている旧友たちの姿が脳裏に浮かび、やるせない気持ちになります。

就職して初めて与えられた自分のデスクや控室のロッカーなど、ひとつひとつが大切に思えて写真に収めたほどです。

しばらく働いてみて、そんな状況に慣れてきて有難みが薄れたときには、就職活動時代に身投げまで薄っすら考えていた自分の境遇を思い返して、自分を励ましています。

今の自分がどれほど恵まれているのか、ここに至るまでにどれほど辛い思いをしたのか、忘れずに前進していきたいと思います。